好きと嫌いは紙一重 第1話

○リビング(昼)
満木彩女
「さて、後は同居人の到着を待つだけかぁ」
満木彩女、27歳。
就職活動に失敗してから、高校生の時からお世話になっているスーパーでレジ店員として働いている。

(女の子だと良いなぁ……)

今日から私は、まだ会った事のない人と同居する事になる。

○リビング(夜)
きっかけは先月。
母が突然、父方の祖父母と同居すると言ってきたのだ。
満木彩女
「へっ? おじいちゃんとおばあちゃんと同居するの?」

「そう。お義父さんもお義母さんも年だからねぇ」
「ああ、私の父さん達は兄さん夫婦が面倒見てくれるって言ってたから、全く問題はないから安心してね」
満木彩女
「うん」
突然の事で驚いたけれど、祖父母の年齢を考えれば、介護のために同居はおかしくないと思った。
満木彩女
「それじゃあ、私も……」

「あ、あんたはここに残って良いわよー」
満木彩女
「えっ?」
両親と共に祖父母と同居するため、私も引っ越す準備をしようとしたら、母に止められた。
退職するための準備もしないといけないのに……。

「どうしてもついていきたいって言うなら、別に良いんだけど……。むこうは田舎だし、一から就職先を探すのも大変よ?」
田舎とは言っても、祖父母の住んでいる場所は町だ。
就職先なんて、探そうと思えば見つかるはずなんだけど……。

「探そうと思えば見つかるだなんて、甘い事を考えてたらダメよ。あんた、それで就職活動に失敗してるんだから」
満木彩女
「うっ……。それは、そうだけどさぁ」
確かに、私が就職活動を失敗したのは、私が優柔不断で準備を疎かにしていたせいだ。
別に、今の仕事が嫌というわけでもないのだけれど……。
この家の家賃を払うだけで精一杯の私の収入では、この家に住み続ける事はできない。
家賃の安いアパートを探さないとなぁ。

「そうだ。言い忘れてたんだけど、この家はシェアハウスとして使うからね」
満木彩女
「シェア……、ハウス?」
言葉自体は、何度も聞いた事がある。
大学の先輩でシェアハウスに住んでいる人もいたし……。
けれど、私がその当事者になるとは思ってもみなかった。
なんで、急にシェアハウスなんだろう。

「そう。あんたの収入だけじゃ心許ないし、たまたま私の友人の子供がこの町に転勤が決まっちゃって住む場所に困ってたみたいだから、この家に同居させる事になったの」
満木彩女
「同居って、はあっ!?」

「あんたと同い年の子で、大きな食品メーカーで働いてるそうよ」
満木彩女
「そういう問題じゃないよね! 私が知らない間に、いろいろと決まりすぎじゃない?」

「話は早い方が良いでしょ~」
母は笑いながら、私に決めさせたら時間がかかりすぎる、と言ってそれ以上取り合ってくれなかった。
まさか、他人と一緒に住む事になるなんて・・・・・・思いもしなかった事だ。

○リビング(昼)
両親は荷物をまとめ、すでに祖父母の家へと引っ越している。
私は1人、同居人だと言う母の友人の子供を待たなければいけなかった。

(同い年だって言ってたし、話が合うと良いな~)

コーヒーを飲みながら、居間でテレビを見ていると、インターホンが鳴った。

(来たかな?)

立ち上がり、小走りでモニターに近寄って確認すると――そこには、大嫌いな彼の顔が映っていた。
満木彩女
「なん、で……」

(なんで、アイツがうちの前にいるの!?)

スマートフォンを取って、すぐに母に電話をかけた。
母は、すぐに電話に出た。
満木彩女
「ちょっと、お母さん! なんで、うちの前にアイっ……椎名逸希がいるわけ!?」

「あら。あんた逸希くんの事、覚えてたの」
満木彩女
「覚えてたもなにもっ、じゃなくてさあっ!」

(もう二度と、顔を見る事もないだろうと思っていたのに……)


「あんたの同居人は、逸希くんよ。まあ、美代子の子だし、悪い子じゃないわ。それじゃあ、頑張ってね~」
満木彩女
「ちょ、お母さんっ!? え、あ。……切られた」
もう一度、電話をかけてみたが、母は電源を切ってしまったようだ。
インターホンは今も鳴り続けている。
モニターに映るのは、彼だけ。
母がハッキリと名前を言っていたから、家を間違えたという事もない。

(……仕方ない、腹を括らないと)

通話ボタンを押す。
たったそれだけの事なのに、押したくないという気持ちが強い。
けれど、私には逃げ場がない。
満木彩女
「……はい」
椎名逸希
「椎名と申します。満木彩女さんは、ご在宅でしょうか」
満木彩女
「うん。……鍵、開けるから待ってて」
椎名逸希
「分かりました」
もう二度と、会話する事さえないと思っていた。

(ああ、こんな声……してたかなぁ……)

玄関に向かう前に、鏡の前で身だしなみを整える。
例え、大嫌いな相手でも27歳にもなってだらしない格好で迎えたりしない。

○玄関(昼)
鍵を開け、ドアを開けると――そこには椎名逸希が立っていた。
手荷物は大きなスーツケースとスポーツバッグ。
椎名逸希
「……満木、だよな」
満木彩女
「そうだけど、なにか?」
思い切り不機嫌だという顔で、答えてしまった。
椎名逸希
「いや、なんでもない……」
そう言って顔を逸らす彼だが、顔色は変わっていない。

(私の態度が悪いからだろうか……)
(それは仕方ない)
(だって、コイツが悪いのだから)

満木彩女
「とりあえず、入って」
椎名逸希
「ああ、すまない」
このまま外に放っておくのは、外聞が悪いと、彼を家の中へ招く。
(ここで変な噂を立てられたら、最悪じゃない! 近所にはスーパーの常連さんだっているのよ!?)
彼は荷物を持って、ドアを開けている私の横を通り家の中へと入っていった。
私はすぐにドアを閉め、鍵をかける。

(ひとまず、これで安心かな)

ため息をつくと、彼に話しかけられた。
椎名逸希
「えっと、満木……」
満木彩女
「なに」
振り返ると、彼が困ったような表情で、私を見ていた。
椎名逸希
「荷物は、どこに置けば良いかな」

(人に確認しないと、分からないのかこの男)
(いや、ここは私の家であって彼の家じゃないんだから当たり前だ)
(平常心だ、私)

満木彩女
「今は、そこに置いといて。とりあえず、リビングで話し合いよ」
椎名逸希
「分かった」
壁際にスーツケースが置かれたのを見て、私はリビングへと向かう。
彼は、その後をついていく。

(ああ、どうしてこうなっちゃったんだろう)
(同居人がコイツだって知ってたら、拒否したのに!)

ちらりと、彼を見る。
すると、私の視線に気づいた彼と視線が合ってしまった。
急いで目を逸らし、ソファへ座るよう促す。
満木彩女
「飲み物、コーヒーで良い?」
椎名逸希
「ああ、すまない」
テーブルの上には、私がさっきまで使っていたマグカップがある。
それを回収し、キッチンへと向かい棚から新しいマグカップを取る。

(温くなっているかと思ったけど、そうでもないか。そのまま淹れよう)

同居人が来た時のためにと準備していたコーヒーを、マグカップに注いでいく。

(アイツのためにコーヒーを淹れるなんて、思いもしなかった)
(だって、だってアイツは……)

トレイにマグカップを乗せ、リビングに向かうと――彼はソファに座ったまま、部屋の中を見回していた。
これから一緒に住む事になるけれど……、自分の居場所を物色されるのは気持ちの良いものじゃない。
満木彩女
「なにか気になるものでもあるの?」
椎名逸希
「いや……。ご両親と住んでいた割に、荷物が少ないと思って……」

(そんな事か)

満木彩女
「両親の荷物はほとんど、持っていったから気にしないでちょうだい」
椎名逸希
「そう、か」
ソファに座り、目の前の彼を見る。

(あれから、もう――10年近く経ったのか……)
(時が経つのは早いなぁ)

満木彩女
「一緒に住むにあたって、守ってもらいたい事があるんだけど……」
椎名逸希
「ああ。こちらが無理を言って、世話になるからな。なんでも……とはいかないが、異性同士で住むなら、いろいろあるだろう」
彼は納得したように頷いた。
満木彩女
「そうね。まあ、とりあえず今のところは家賃・電気水道料金・食費の折半。それと、家事の分担、お互いの部屋に許可なく立ち入らない事……ぐらいかな。ああ、後は洗濯物も時間というか日にちをずらそう。だいたいはこの紙にまとめておいたから、細かいところは後で相談っていう形でどうかな?」
あらかじめ、両親と相談して同居人との約束事を考えていて良かった。
あの時、父が難しそうな顔をしていたのは彼が同居人だと知っていたからか……。
もう少し、細かく決めておくんだった。
椎名逸希
「分かった。それで良い」
紙を受け取り、彼は内容を流し読みした後、頷いた。
家事の分担と言っても、彼に任せるのは彼の部屋と庭の掃除。
そして、ごみ出しぐらいだ。
満木彩女
「……それじゃあ、部屋に案内するから荷物持ってきて」
椎名逸希
「ああ」

(早く、他に住むところ見つけて出ていけば良いのに)

○彩女の部屋(夜)
あれから数日。
家の中には彼の使う物が増えてきた。
満木彩女
「あぁ~、イライラする」
(なんで、自分の家でイラつかないといけないんだろう)
玄関に行けば、彼の靴がある。
キッチンに行けば、彼が使う食器がある。
洗面台に行けば、彼の歯ブラシや髭剃りが置かれている。
……家の中で彼の気配がしないのは、自室にいる時だけだ。
満木彩女
「クレーマーの対応している方が、まだ楽……」
それは、一過性のものであり、パートである私が深くかかわる事がないからだ。
もちろん、私に対してのクレームなら、しっかりと対応するが……。
それでもやはり、一緒に住む相手となれば別だ。

(どうして、私が……)
(私があげたチョコを捨てた相手と一緒に住まないといけないんだろう……)

あの時の事を思い出すと、更に気が重くなる。
満木彩女
「はぁ……」
「明日も早いし、寝るか」
仕事中は彼の存在を忘れていられるから、楽だ。

(明日は早番だし、朝食の準備は……)
(あれ?)
(なんで、私――アイツの分までしっかり準備してるんだろう)

疑問に思うが、すぐに忘れる事にした。
両親と住んでいた頃から、朝食の準備は私の仕事だった。
その癖が抜けないだけだろう。
そう、思い込む事にした。

(だって私は、アイツの事が大っっっ嫌いなんだから!!)

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