第17話 探し物と探し人・3

 それを見つけたのは、たまたまだった。
 南美橋の下で釣りをしていると、上のほうから赤いなにかが川の中に落ちてきたんだ。近寄ってそれを拾うと、それが綺麗な赤い飾りのついた髪飾りだってことが分かった。
 簪という名前だっただろうか。近所に住むばあちゃんが、毎日これで長い髪をまとめあげているのを見ているけれど、触ったのは初めてだ。
 いいな、これ。欲しい。
 簪を眺めていると、土手のほうからショートカットの女の子が急ぐように降りてきた。女の子は、俺の手にある簪を見ている。
 もしかして、あの子の物なんだろうか?
「ねえ、それっ」
「これ……、お前の?」
「うん、そうだよ! 間違って落としちゃったの!」
 それなら……。
「俺が拾ったんだから、俺の物でいいよね?」
 気づいたら、そんな言葉が俺の口から出ていた。
 女の子はショックを受けたように顔色を青ざめさせて、返してと叫ぶ。
 これは、とても大切な物なんだろうな。だから、女の子は急いでやってきたんだろう。
 でも、俺はこれが欲しい。こんな綺麗なものは初めてみたんだ。
 花の模様が描かれた赤い玉と、飾り紐のついた簪。近所に住むばあちゃんの簪とは違って、とても綺麗な色とツヤをしている。近所に住むばあちゃんの簪は、くすんだ銀色で平べったい、地味なものだ。でも、とても模様が刻まれているのは知っている。
 俺は、これが欲しい。女の子は泣きそうな顔をしながら返してと叫んでいるけれど、落としたんだったら俺がもらってもいいんじゃないか?
「返してよ!」
 そう言いながら、女の子は俺をつかみかかろうとしたけれど、俺は川の中に入っているからつかまれることはない。
 返してほしいのか。でも、嫌だなあ。
「返して!」
 俺が、拾ったのに?
 ああ、そうだ。そんなに大切なものなら川の中にも入ることができるだろう。それなのに、どうして女の子は俺のいるところまで来ないのかな?
 ここは浅くて、膝もつからないような場所なのに……。
「じゃあ、自分で取ってこいよ!」
 いいかげん、返してと大声で言われるのが嫌になってきた。
 俺はそう言いながら、簪を持っているほうの腕を振りかぶって、川の真ん中へ投げた。
 ――ボチャン!
 大きな音と水しぶきをあげて、それは川の中へ沈んでしまった。
 女の子が睨んできたけれど、そんなの怖くもなんともない。
「返してよ! 私のお守り!」
「はぁ? だから、自分で取ってこいよ! 自分で落としたんだから、自分で拾えばいいだろ!」
「アンタが向こうまで投げたんでしょ!」
 女の子はついに泣き出してしまった。泣くぐらいなら、落とさなければよかったのに。泣くぐらいなら、浅い場所に立っている俺のところまで取り返しに来たらよかったのにさあ。
 そして、女の子は泣きながら走って、土手の上へと行ってしまった。

 僕の目には、アカリさんの一ヶ月間の様子が巻き戻される映像のようにして見えた。
 ついさっきの、僕たちがアカリさんを土手から引き離そうとしたこと。
 昨日、コガネくんと再会して家に泊めてもらったこと。
 一昨日、ある村の川沿いで赤いロウソクを拾い、それをエン太くんにあげたこと。
 四日前、コガネくんに手紙を書いて家から出たこと。
 五日前、ロロさんと別れて、コガネくんと出会ったこと。
 六日前、ロロさんに出会ったこと。
 まるでパラパラマンガのように、アカリさんの記憶をさかのぼっていくと――ついに一ヶ月前のアカリさんが見えた。
 そこには、アカリさんの両親や兄弟の姿。そして、南美橋を渡っている途中で川をのぞき込み、赤い飾りのついた簪を落としたこと。その簪を政紀くんが拾い、返してもらおうとして、川の真ん中に投げ込まれて泣くアカリさんの姿が……。
 それから、それから……。政紀くんが本当は簪を川の中に投げ入れてなくて、アカリさんに返すために今も持ち歩いていることが見えたんだ。
「ねえ、アカリさん。政紀くんが川の中に投げた物は、何色をしてた?」
「えっ? それは、赤色……赤……赤よ?」
「本当に? よぉく思い出して。アカリさんの持っていた大切な簪は、大きな音と水しぶきをあげるほどの大きさをしていたの?」
「い、いえ……。違う、違うわ。簪を投げたって、あんな音が鳴るはずは……。で、でも!」
「それは、どんな色だった?」
 アカリさんに聞くと、アカリさんはなにかをつぶやきながら、必死に一ヶ月前のことを思い出そうとしていた。
「ヒロト」
「大丈夫だよ、ショッパ。ねえ、アカリさん……。それは本当に簪だったの?」
 政紀くんが川の中に投げ入れたのは、政紀くんがジャケットのポケットに入れていた手の平サイズの石だった。政紀くんは簪を投げるフリをして、ポケットの中の石を川の中に投げたんだ。
 簪は、石の入ったポケットに入れて……ね。
「あれ、は……石? 簪じゃ、ないの?」
「それは、君のほうがよく知っているよね。政紀くん」
「政紀がっ?」
 アカリさんは呆然として、川の真ん中を見つめ、僕が政紀くんの名前を出すと、ゆっくり政紀くんのほうを向いた。
 ジュンくんは、政紀くんの名前が出てきたことに驚いて、思わず大きな声で政紀くんの名前を呼びながら、信じられないと言った様子で政紀くんを睨む。
「ああ、なるほどね」
 どうやら、メルは分かったようだ。
「アンタ……。私の簪を持ってる、の?」
 なんで、どうして。アカリさんはそうつぶやいたように思えた。
 ジュンくんに睨まれ、アカリさんに見つめられている政紀くんは、困ったような顔をして――うなずいた。

 俺は、それが欲しくて欲しくてたまらなかった。
 だって、こんなに綺麗な物は滅多に見ることができない。
 俺はこんなにも綺麗な宝物を持っていると、友達に自慢したいと思った。……けど、なんだろう。なにかが違うと思った。
「返して!」
 簪の持ち主である女の子の声が、耳に残っている。
「政紀ー、どうしたんだ?」
「ああ、****か」
「うん? それは、簪かな。綺麗だけど……、なんで川の中でそんな物持ってるのさ」
「ああ……、拾った」
 ****にそう言うと、****は顔をしかめながら「ウソだあ」と言った。
「それ、とっても綺麗だしさあ……川の中に落ちてたとしても、色あせてたりしないから、誰かがついさっき落とした物だよね」
「……」
「政紀さあ、もしかして……誰かの物を奪ったの? 拾ったって言って」
「奪ってない。拾ったのは本当だ」
 そう、俺は奪ってなんかない。落ちてきた物拾っただけだ。
「あ、奪ってないってことは、やっぱりそれって誰かの物なんだ」
 ****はそう言って、俺を睨みつけた。
「違う、これは俺の物だ」
「自分が拾ったから、そう言ってるだけでしょう」
「違う」
「あのねえ、政紀。君が綺麗なものが好きだって、知ってるよ。そんな綺麗なものがあったら、欲しいって思う気持ちは僕も分かる。使い道はないけどね。でも、それが誰かの物だって言うなら、すぐに返したほうがいいよ。政紀がやってることは、ドロボウと一緒だ」
 違う、違う。俺はドロボウなんかじゃない。
 これは女の子が落とした物だから、俺がもらった大切にしようと思ったんだ。俺はドロボウなんかじゃない。
 ****もこれを欲しいと思うんだろ?
 だったら……、だったら。
「それの持ち主は今、どこにいるか分かる? 早く返してあげないと、その子がかわいそうだよ」
 かわいそう、なのか。
 でも、俺は……。
「政紀! そんなに強く握りしめたら簪が折れちゃうだろ!」
 ****の言葉で、俺は簪を握りしめていたことに気がついた。返したくなくて、自分のものにしたくて。でも……。
「ねえ、政紀。君は自分の大切な物が、誰かに奪われたら嬉しいと思う? 間違って落とした物を、もうお前の物じゃないて言われたら……嬉しいと思うの? ねえ、政紀。本当のことを教えてよ」
 ****はそう言って、困ったような顔で笑っていた。

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