くもの昔話

 外は雨がざあざあとふっていた。
 今日は、お父さんとお母さん、そしてわたしの三人でクロツキ村の近くをながれる川へあそびにきていた。
 川であそんでいたら、とつぜん雨がふりだして、近くの大きな家で雨やどりすることになったんだ。
 その家はペンションというそうで、お父さんが「雨でぬれたままかえったらかぜをひくかもしれない」と言って、わたしたちは一日ペンションにとまることになった。
 お父さんがどこかに電話をしたあと、橋のむこうからトラックにのってやってきたおじさんが、ペンションのカギを持ってきてくれたよ。とびらのたてつけがわるいから、あけるコツを教えてくれるんだって。
 ガコンガコンと音をたててとびらがひらく。中から木のにおいがして、少しムワッとした熱気がやってきた。

「これは一番大きなものでねえ。大学生の合宿なんかにつかわれるんだが、今はじきじゃなくてしめっぱなしだったんです」
「それなら、一度かんきしないといけないですね」
「そうしてください。あと、食料なんかもおいてないので、インスタントでわるいですがうちから少し持ってきました」
「そんな! そこまでやってもらわなくても」
「いいんですよ。こんな山おくで協同売店も車を十分は走らせないとないばしょなんだ」

 おじさんは笑って、インスタントラーメンやスープ、チョコレートやクッキーなどのおかしの入ったビニールぶくろをお父さんにわたして帰っていった。
 お父さんはどうしようかとこまっていたけれど、お母さんが「ごこういにあまえましょう」と言って、お父さんからビニールぶくろをうばってとびらの中へと入っていく。わたしはお母さんと手をつないでいたから、いっしょに入ることになった。
 ペンションの中はうすぐらくて、まるでどうくつの中に入ったような気分になる。わたしはどうくつになんて入ったことはないけれど、図書館でよんだ本に書いてあった。
 パチッ。でんきがついて、うすぐらかったペンションの中が明るくなった。

「まずはおきがえしましょうね、サヤ」
「はーい」

 ろうかの一番おくにあるおフロ場で、お母さんといっしょにシャワーをあびて車の中にいれておいた服にきがえる。川であそぶからって、きがえをもってきていてよかったなあ。
 バスタオルは家からもってきていたけれど、おフロ場にもおいてあったから、それをつかうことにした。「せんたくきとせんざいもあるから、あとであらおうね」とお母さんが言う。
 おフロ場から出ると、リビングのまどやキッチンのまど。いろんな場所のまどがあいていた。ペンションの中の空気がこもっていたから、お父さんが先にかんきしていたようだ。
 次はお父さんがおフロに入る番だ。

「それじゃあ、お父さんがおフロに入っている間にそうじをしましょうか」
「わかった!」

 部屋のすみにおいてあったホウキでゆかをはくと、ホコリやゴミ。虫のしがいがたくさんある。ホウキのあとにモップでひとふきすると、ホコリっぽかったゆかはキレイになった。
 たくさんつまれたフトンから、三人でつかうぶんだけをとってとなりにつまれていたシーツをかける。しきブトン、かけブトン、そしてマクラを三つずつ。
 そうしている間にも雨はどんどん強くなってきて、外のけしきがぼんやりとしていた。
 リビングにあったテレビをつけると、ザーッとはいいろの波がながれている。どうやら、映画かんしょうなどにつかうものらしい。スマートフォンでなにかを見ていたお父さんが、「あしたの朝までふりつづくみたいだよ」とお母さんに言っていた。
 夕飯はインスタントのたまごスープとあたためるだけのごはん。それとお昼に食べた弁当ののこりのおにぎりやからあげだった。いつもとはちがう夕飯で、わたしは楽しかったけれど、お母さんが「あしたは野菜をたっぷり食べましょう」と言っていたからいやだなあ。ジャガイモやニンジンは好きだけど、キノコやナスは好きじゃないから……。カレーがいいなあ。

「それじゃあ、今日はつかれただろうし早くねようか」

 テレビもうつらないし、ゲームももってきていなかったわたしはゆかにねそべって、ぼんやりとすごしていた。そして気づいたら夜の九時をすぎていたようで、お父さんの言葉で長い時間ぼんやりしていたんだなあと思った。ぼんやりと言っても、天井にある人の顔のようなシミの数をかぞえていただけなんだけどね。

「おやすみなさーい」

 そうは言ったけれど、なぜがねむることができない。お父さんもお母さんも、ずいぶん前にねてしまった。ぼんやりと天井のシミを見ていたのがわるかったのか、どんなに目をとじていても動かなくても、ゴロゴロねがえりをしてもねむれない。

「……ねむらなきゃ」

 ゴロゴロ。ねころがってから何分たっただろうか。何十分かもしれないし、もしかしたら一時間はたっているかもしれない。けれど、ぜんぜんねむ気がこなかった。

「ううん……」
「むすめごよ、どうした」
「ねむりたいのに、ねむれないんだあ」
「ほうほう。ねむれないのならば、ねなければよいではないか」
「でも……、え?」

 ここにはお父さんとお母さん。そしてわたしの三人しかいないはずだ。それなのに、だれかの声が聞こえてきた。
 フトンから少しだけ頭をだして部屋の中を見回すと、目の前から「ここじゃ、ここじゃよ。むすめご」という声が聞こえてきた。
 目の前――マクラのむこうを見ると、そこにはキラキラと光る細い糸があった。

「下じゃ、下。おおい」

 下のほうを見ると、そこには小さなくもがいた。

「くも……?」
「そうじゃ、わしはくも。この屋敷にもう何年も住んでいるくもじゃ」
「くもがしゃべった」
「うん? まあ、気にするなよ。むすめご」

 そのくもは、人の言葉をしゃべっていた。きっとこれは、いつの間にかねむったわたしの見ている夢なんだろうなあ。

「むすめご、むすめご。どうしてもねむりたいのか?」
「うん、今日はすっごいつかれたからねむりたいなあ」
「ふむ。それならば、むすめごがねむりにつくまで、わしが昔話をしてやろう」

 わたしはもうねむっているはずなのに、おもしろいことを言うなあ。このくもは。

「昔話?」
「そうじゃ。鬼と人間のむすめの話なんじゃが、きょうみあるかのう?」
「うん、聞きたいなあ」
「そうかそうか。その昔、このクロツキ村の近くに住んでおった鬼がいてなあ。その鬼は山のむこうにあるシラホシ村の村長のむすめにこいをしておったんじゃよ……」
「こい……。むすめさんを好きになったんだね」
「そうじゃそうじゃ。でも鬼は人間にこわがられる存在じゃからな、鬼は遠くからむすめをながめていられるだけで幸せだったんじゃ」

 でも、ある日。鬼とむすめは出会ってしまった。山の中でむすめが木の根っこに足をひっかけてケガをして歩けなくなったところを、鬼が助けてシラホシ村の近くまで送っていったそうだ。
 むすめは鬼のことがこわくてこわくて、食べられてしまうと思ったんだって。けれど、鬼はニヤリと笑ってむすめを村の近くに送ったあと、そのまま山のおくへ帰ったいったんだって。
 むすめは山に鬼が住んでいることにおどろいて、父親である村長に「山に鬼がいたよ、父ちゃん! 足をケガしたところを助けてもらったんだ」と伝えたそうだ。その数日後に、クロツキ村とシラホシ村の男たちによって鬼が退治されるとは思わずに……。

「むすめは鬼のなきがらを見て、鬼をころしたのは自分のせいだと死ぬまでこうかいしたそうじゃ」
「鬼のことがこわかったけど、助けてくれたからかんしゃしていたんだね」
「まあ、そういうことじゃな」
「鬼は幸せだったのかなあ?」
「どうじゃろうなあ。でも鬼は、退治されることになっても人間に手を出すことはなかったと聞いておるよ」
「とても、優しい鬼だったんだね」
「そうじゃろう、そうじゃろう。さて、そろそろねむ気もきたろうて。目をつむりなさい、そうすればぐっすりねむれるぞ」

 そしてわたしはくもさんの言うとおりに目をつむった。おやすみという声が聞こえたあとは、覚えていない。
 翌朝、天井にくもの巣がはられていた。

「おはよう、くもさん」
 
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