第12話 其はスノードームの檻なり

「ただいま、彩月」
「お帰りなさい、細雪ちゃん」

 ここはフェルトリタ大公国のとある町。
 季節が冬に移り変わろうと一度たりとも雪が降ることのないこの町は、雪降らずの町と呼ばれている。

「今年はどうでしたか?」
「あー、どこも相変わらずって感じ。女の傭兵がなんの役に立つのか? なんて、何度言われたか覚えてないぐらいだよ」
「おやまあ。町の外には細雪ちゃんの強さを知らない人が多いのですねえ、相変わらず」
「そりゃそうだろ。こんな田舎ならともかく、外の人間は他人への興味が薄い。アタシがどれだけ傭兵として活躍しようと、女だからって馬鹿にされてお仕舞いなんだよね」
「ふうん? 細雪ちゃんはこんなにかっこいいのになあ」

 細雪と呼ばれる女性は、成人を迎える前から、冬以外の期間を町の外で傭兵として働いている。町の外というのは隣町という意味ではなく、国外も含まれており、細雪はこの数年で様々な土地や人を目にしていた。
 女性で傭兵をやる者は少なくはないのだが、やはり職業柄か男性が優位に立つ場合が多い。細雪が傭兵として町の外に出るという話を聞いた者たちは、彩月以外の誰もが細雪に傭兵にならず町の中に残るよう言ってきたという。血の繋がった家族でさえも反対したというが、町の外で傭兵になるというのは細雪の幼いころからの夢なのだ。
 しかし結局、唯一夢を肯定してくれた彩月に見送られ、細雪は町を旅立った。
 そんな彼女の幼馴染みである彩月は幼いころから体が弱く、町の外に出られるほどの体力はない。そのため、毎年冬の時期に町へ帰ってくる細雪の話を聞くことが年に一度の楽しみであった。
 線が細く、幼いころは女の子よりも女の子のようだとからかわれていたが、ガキ大将であった細雪と仲良くなったことで彩月をからかう者は減ったらしい。もちろん、女性である細雪に守られるなど、男性として恥ずかしいやつだと言われることもあった。
 しかし、彩月は見た目こそ可愛らしいが図太い性格をしていたため、逆に嫌味を言って相手を泣かしていたとかなんとか。
 そんな二人が出会ってからもう十五年。お互い良い年になっているため、親族には結婚しないのかと言われることが増えていた。
 細雪の両親は、冬以外の期間を町の外で暮らす細雪に町の男性と結婚し、町の中で大人しく暮らしてほしいと考えているようだ。幼いころから活発的で傭兵として働いている細雪を御せる男性はそうそういないと思うのだが、細雪の両親は諦めていないらしい。
 彩月の両親は、細雪と彩月が婚姻を結べば良いのではないかと細雪の両親に尋ねたそうだが、細雪の両親にとって彩月は細雪の結婚相手と考えたことはないとかなんとか。細雪が彩月のことを幼いころから弟のようなものだと言っていたため、正直なところ彩月の両親も二人が結婚したとしても姉弟関係が続くのだろうと考えていた。
 町に住む同年代の男女は、小さい町だからかすでに婚姻を結んでいる者が多い。この町は昔から早婚が多く、細雪や彩月の友人のほとんどがすでに結婚し子育てをしている。
 二人のように恋人もおらず独りで過ごしている者がいないわけではないが、それは細雪のように町の外へ働きに出ているため、たまたま独りになってしまっただけだ。近年では町の外で恋人を作り家庭を持つ者もいるため、細雪と彩月が結婚せずに独りでいることも近年ではそう珍しい姿ではなかった。

「あー、雪が見たい」
「あれ。もしかして、また雪を見ずに帰ってきたんですか?」
「そう! そうなんだよ。あと数日待てば降る予報が出ていたんだけど、この町に向かう馬車はこれで今期最後だって言われてさあ」
「それは残念でしたね。細雪ちゃんは雪を見るために傭兵を続けているのに……」
「里帰りしなければいくらでも見ることができるんだけどねえ。アンタは冬場の寒さで体調崩しやすいし」
「ふふっ、心配性ですねえ。僕、これでも丈夫になったんですよ?」
「とか言いながら、去年も一昨年もアタシが帰ってきて早々に高熱で倒れたじゃん。今年だってないとはいえないんだから、来年から帰ってこないだなんて選択肢を取れるわけないっての。おじさんとおばさんがいるとはいっても、二人とも朝から晩まで働きづめなんだし」

 細雪は幼いころから雪というモノに憧れを抱いていた。自身の名前に雪の字が入っていることも理由なのだが、ここは雪降らずの町。過去一度も雪の降らない、周囲を山に囲まれた小さな町だ。住民の中には町の外に出た際に雪を見たことがあるという者もいるが、それ以外の住民は絵本や小説、写真でしか雪を見たことがない。
 山の向こうに行けば雪の降る場所はいくらでもある。しかし、わざわざ雪を見るためだけに町から出ようと思う者は少ない。そんな町に生まれ育った細雪が雪を見たいという理由だけで傭兵業を選び、町から出ると言った時は、町全体を巻き込んだ大きな騒ぎとなった。

「そんな細雪ちゃんにいいモノを用意しました」
「いいものぉ? 何それ」
「これです」

 そう言って彩月が差し出したのは、スノードームと呼ばれるモノであった。

「こ、これっ!」
「細雪ちゃんが小さいころから欲しいと言っていたスノードームです。素敵なスノードームを作る職人さんと知り合いまして、細雪ちゃんのために特注で作ってもらいました」
「え、いいのか? こんな綺麗なもの」
「ええ。細雪ちゃんのために用意したのですから、是非もらってください」
「ありがとうな、彩月……」

 スノードームを両手で優しく包み込みながら細雪は彩月に笑みを向ける。――それは、彩月が幼いころから好きなモノの一つだった。
 さっそくスノードームをひっくり返し、雪を降らせては嬉しそうに笑っている細雪を見つめて、彩月は「ねえ、細雪ちゃん。その中に入ることができるって言ったら、どうしますか?」と尋ねた。
 突然のことに驚いた細雪は冗談だろうと思い彩月と視線を合わせるのだが、どうやら彩月は本気のようだ。

「本気か?」
「ええ、土台についている石に触れながら、中に入りたいと願ってみてください。僕を信じて」
「……分かった。彩月は嘘を言わないからな」

 ーー何を言っているのだろうかと思った。しかし、彩月は本気のようで笑みを浮かべた顔を細雪からそらさない。彩月が頑固な性格で一度決めたことは最後までやり通すということを知っている細雪は、仕方ないと思いながらスノードームの土台についた青い石に触れた。
 中に入りたいと思うのは簡単なことだ。細雪は幼いころから雪の降る町に行ってみたかった。冬は結局、彩月のいる雪降らずの町へ帰ってくるのだけれど……。雪を自身の目で見ることができるのならば、この際本物でも人工でもいいかもしれないと思ったという。
 細雪の姿が彩月の目の前から煙のように消える。いつの間にかテーブルの上に置かれているスノードームの中を覗くと、細雪が降り続く雪の中を楽しそうに走り回っていた。

「ふふっ、子どもみたいですね」

 満足そうな笑みを浮かべた彩月は、スノードームを手に取り土台についた石をカチリと回す。すると青い石は中心から徐々に色を変えていき……。

「これでもう、細雪ちゃんと離れずにすみますね。ふふっ」

 降り続く雪の下では、赤い石は暖炉の灯りを浴びてきらめいていた。

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今日もルメイ堂に客ありて
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