第15話 其は運命を繋ぐ青バラなり

「こんちゃーす、店長さん」
「おや、セレーネじゃないかぁ。久しぶりだねぇ」
「半年ぶりってとこっすねー。今回はフェルトリタまで行ってきたんで、お土産話はいっぱいあるっすよ」
「それは楽しみだねぇ」

 今日もルメイ堂に常連客がやってきた。
 彼女の名前はセレーネ。大道芸の一座に生まれたマジシャンの少女だ。正確にはマジシャンではないそうだが、トランプを使用した芸を得意としているためマジシャンと名のることが多いらしい。

「それで、今回のイチオシはどんな客だったんだねぇ?」
「ふっふっふー。今回のイチオシは! なんと!」
「元気のいい前置きはいいから、もう少し落ち着いて話しなよぉ」
「はーい……。まあ、気を取り直してっと。今回のイチオシのお客さんはね、アタシのトランプさばきに惚れた少年だよ」
「おやおやぁ。前回は壮年の男性と言っていたけれど、今回は少年なんだねぇ」
「うん。フェルトリタの子で、瀬那くんって名前なんだよー」

 セレーネの父が率いる大道芸の一座は、梅廉国を拠点としているが一年のほとんどを他国で巡業している。そのため、梅廉国には一ヶ月も滞在すれば良い方だ。その際は店長も珍しくルメイ堂から離れて大道芸を楽しむのだとか。ただし、客席に座る店長の姿をセレーネは一度も見つけることができていない。

「その瀬那という少年はどんな子だったんだいぃ?」
「瀬那くんはねー、なんだろう。興味があるものには一直線って感じの子……かなあ?」
「なるほどねぇ。つまりそれが今回は君のトランプさばきだった、というわけかぁ」
「そうそう!」

 それはフェルトリタ大公国での巡業中、気分転換を兼ねて休憩時間にセレーネがトランプで遊んでいる時のことだったという。
 近くの公園にある東屋でお気に入りのトランプを切り、手慣らしにカッター、ディール、オーバーハンドとシャッフルを続けていると、いつの間にか近くに来ていた少年――瀬那がセレーネに話しかけてきたのだ。

「凄い! 凄いよお姉さん! お姉さんみたいに綺麗にトランプを交ぜられる人、初めて見た!」
「えーっと、ありがとー?」
「ねえ、お姉さん。オレもっと近くで見てもいい?」
「んー、いいっすよ! そこに座って見てなよ~」
「やった!」

 瀬那はセレーネの正面にある席に座り、その後も様々なシャッフルを続けるセレーネを見ては目を輝かせていた。
 それから二人はババ抜き、七並べ、神経衰弱、スピードなど誰でも遊び方を知っているトランプを使用したゲームをして遊んだという。普段は一人でカード遊びをすることが多いセレーネも、久しぶりに対戦ゲームをすることができたため満足そうに笑っていた。

「ねえ、お姉さん。オレもお姉さんみたいにできるかな?」
「何が?」
「トランプ! シャッフルとか、ゲームで全部勝てるようになるとかそんな感じのもの!」
「それは君の努力次第、練習次第じゃないかなあ。私は一座で小さいころに色んな芸を体験させてもらってトランプが一番手に馴染んだから自分の芸にしたけれど、それはお金を儲けて生きていくための手段っすからねえ。君はトランプの芸をできるようになって、何になりたいんだい? あ、別に君ができないとは思ってないよ。教えるとしても将来仕事にしたいのか、それとも趣味程度なのか。それが分からないと何を教えていいのか分からないんだよね」
「えっ、うーん……。どうなんだろう? 仕事にしたいかは分かんないけど、趣味って言われると違うような気がするし……」

 セレーネの言葉を聞いて、瀬那は頭を抱えた。
 瀬那がセレーネの芸を見たのは、昨日の公演が初めてである。これまでマジックを見たことは何度もあるのだが、瀬那が見たマジックの中でセレーネのトランプを使用した芸は特に面白いと思うものだった。
 どのようなトリックで手元のトランプを消したり出したりしているのかは分からないが魔法や魔術を使っているというわけではないだろう。それらを使っていると言ってしまえば、面白くもなんともない。
 マジックは魔法や魔術を使わないからこその面白さがあると瀬那は思っている。

「うーん……」
「アハハッ、難しいこと聞いちゃったかな?」
「うん。オレ、昨日初めてお姉さんのマジックを見たんだけどさ、その時見ててすっごい面白そうだなあって思ったんだ」
「ありゃ、昨日のお客さんだったんだねえ」
「今まで何度かマジックを目の前で見たことあるんだけど、お姉さんのマジックが一番面白くてさ」
「あ、ありがとう。面と向かって言われると照れるっすねえ」

 結局、セレーネの休憩時間が終わるまでの間に瀬那の答えは出なかったという。しかし、翌日も公園の東屋でトランプをいじるセレーネのもとに瀬那は現れた。
 仕事にするか趣味にするかは現時点で分からないという答えが出たこと。それでもセレーネからトランプの扱い方を習い、簡単なマジックができるようになりたいと伝えるために。

「ってことで、アタシに弟子ができました!」
「おやおやぁ、随分と気に入ったんだねぇ」
「もっちろん! 教えてみたらなかなか筋がいいし、覚えも早い。何より好奇心と向上心にあふれていて、貪欲なまでにアタシの技術を盗もうとしてくる! このまま行けば、一座にいる私とは違って個人で名前が売れるようになるんじゃないかと思うんすよー」
「君がそこまで言うなんて、珍しいこともあるものだねぇ」
「アタシも珍しいと思ってるっすよ。ってことで、青バラのトランプを三ダースください」
「……もう全部使い切ったのかいぃ?」
「瀬那くんに一ダースあげたから、なくなりました!」
「はぁ……。そういうことねぇ」

 それから十年後、フェルトリタ大公国で瀬那という名前のマジシャンの名を知らないモノはいない。
 彼は特にトランプを使用したマジックを得意としており、青バラの描かれたトランプを愛用していたため、ブルーローズと呼ばれているようだ。
 そんな彼の隣には、セレーネという名前の女性が生涯付き添っていたという。

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今日もルメイ堂に客ありて
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