第17話 其は金運を操る腕輪なり

「なあ、大将。これってもしかして、ここのやつ?」
「あん? ……なんで君がそんなモノを持っているんだいぃ?」
「あ、やっぱりここのやつだったのかー」

 ルメイ堂の常連客である達喜が胸元のポケットから取り出したのは、金色のブレスレット。それは、一ヶ月ほど前に大将がとある女性に売ったモノであった。

「そんなモノって言うけど、いったいどんな魔術道具なんだ?」
「簡単に言えば、持っているだけで金運がダダ下がりして気づいたら無一文になるってやつだねぇ」
「うげぇ……」
「ま、君には僕が渡したお守りがあるから、少しも効いてないんだけどねぇ」
「え、マジ?」
「マジだよぉ。だってそれ、そんなに強い力を持つモノじゃないしぃ」
「へえ、そうなんだ」

 達喜がそれを貰ったのは、十日前のことだ。
 梅廉国で花卉の卸売りを行う商家の息子として生まれた達喜は、ルメイ堂の庭や奥のダンジョンで手に入れた花卉を主に他国の花屋へと卸している。
 ルメイ堂で育つ花卉は珍しいモノが多く、魔法薬の材料として使用されるモノも含めて鮮度や質が高いため各国の花屋では人気の商品だ。そして十日前に花卉を卸したセレモンド王国のとある花屋も、ルメイ堂産の花卉を好んで仕入れていた。

「いやあ、その花屋の娘――タラサっつーんだけどさ。なんか俺に惚れてるとかそんな感じでさあ」
「ああ、一応美形枠だもんねぇ。君ぃ」
「一応って酷くねぇか? まあ、いいや。そんな感じで前に告白されたことがあるんだよ」

 しかし、達喜は婚約者がいるといってタラサをふったそうだ。

「君、いつ婚約者を作ったんだいぃ?」
「嘘に決まってんじゃん。つーか、好みじゃなかったんだよ。俺にだって拒否権あると思いまーす」
「正直な子だねぇ」

 その時のタラサは泣きそうな表情をしていたようだが、達喜の言葉を受け入れて店の奥に退いていったという。その後も何度か取り引きがあったが、タラサは達喜に告白したことなど忘れたように、これまでと同じように達喜に話しかけていたそうだ。
 そして十日前。タラサは達喜にいつも素晴らしい花卉を卸してくれる感謝の品として、金色のブレスレットを贈ったという。
 それは身につけているだけで自然と金運が下がり、気づけば無一文になってしまうという呪いがかけられた品だ。
 じわじわと手持ちの金が消えていく。
 じわじわと貯めた金が消えていく。
 じわじわと金目のモノが身の回りから消えていく。
 最終的に人としての尊厳を奪われ落ちぶれたまま死を選ぶ者もいたらしい。
 ただし、ブレスレットにかけられた呪いを弾くことができさえすればそのような状態に陥ることはないと大将は言う。そして今回の場合、達喜はその呪いを弾くことができる守護の魔術式が何重にもきざまれたお守りを持っていたことがタラサにとって誤算であった。
 曾祖父の代からルメイ堂と契約を結ぶ商家の息子である達喜は、幼いころからルメイ堂の庭や奥のダンジョンにある花卉の扱いについて大将から教え込まれている。それは曾祖父の代から続く一人前の花卉卸売り商人になるための修行の一環で、達喜の曾祖父や祖父、父も同じように大将の世話になったらしい。――お守りはこの修行をするために大将から贈られたものである。
 ルメイ堂の庭や奥のダンジョンに生える花卉は一般的なものから魔法薬の材料、更にはダンジョンという特殊な環境下でしか育たないモノまでより取り見取りだ。それらに対する扱いは難しいもので、中には人を含めた動物に危害を加えるものや糧にするものまである。扱いさえ間違えなければ傷を負うことはないのだが、慣れてきたところで油断し怪我を負ったことは数え切れないと達喜は言う。
 何も最初から人喰いと呼ばれる類いの花卉を相手にするわけではない。成長するにつれて扱う花卉の種類を段階的に増やし、最終的に一人で採取できるようになることが目標だ。
 現在、達喜は自身の曾祖父や祖父、父がたどり着くことのできなかった最終段階まで修了している。大将以外が取り扱うことができない花卉を除いて、達喜は一人でそれらを採取する力を持っているということだ。そんな達喜が、花卉に恋情を向けるのは予想できなかったわけではない。

「俺が好きなのは、珠美ちゃんだけだっつーの。人間の女はお呼びじゃありませーん」
「世の女性に聞かれたら、背後から刺されてしまいそうな言葉だねぇ」
「大丈夫! なんてったって、大将特製のお守りがあるし、いざとなったら応戦すればいい話だからな!」
「うーん、正当防衛の範囲に収めるんだよぉ」
「おう!」
「うん、いい返事ぃ」

 珠美というのは、達喜が日々の修行の中で初めて一人で大将の力を借りずに世話をすることになった食人樹の若木の愛称だ。
 それはダンジョンという特殊な環境下でしか育てることのできない食人樹の一種で、その名の通り人間を養分に育つ。見た目は桃の木によく似た姿をしており、毎年のようになる実は色は違えど桃にそっくりな形をしており、その味は極上と称されるほどのものだ。
 ただし育成が難しく、ルメイ堂の常連客以外では簡単に目にすることも手にするこもできない幻の実らしい。
 幼いころからおやつとしてその実を口にしている達喜は、他国に出るようになってから、やっとその実が幻と言われる類いのモノであると知ったという。

「さて、俺にこれを渡すってことは、卸すのをやめてもいいってことだよな?」
「君がそう思うなら、それでいいんじゃないかねぇ?」
「だよな! まあ、卸先は他にもたくさんあるし……。そういえば、独立するってやつがいたなあ」
「それじゃあ、その店にうちの花卉を仕入れないかって聞いておいでよぉ」

 数日後、セレモンド王国のとある花屋が閉店に追い込まれたという噂を大将は耳にした。

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今日もルメイ堂に客ありて
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